創立者について

About a founder
 

藤村女子の創立者・藤村トヨ先生の生い立ちから学校教育に携わるようになった歴史をご紹介します。
トヨ先生の建学の精神「心身ともに健全にして、知・徳・体を兼ね備えた個性豊かな女子の育成」は、
創立から80年以上続く今もなお、しっかりと引き継がれています。

藤村トヨ先生

トヨ先生の3つの決め事

本校は藤村トヨ先生により昭和7年に創立した80年以上の歴史ある学校です。
トヨ先生は現理事長高橋あゆちの曾祖母のお姉さんに当たります。
東京女子体育大学は本校の姉妹校で、創立者は同じく藤村トヨ先生です。
さて、藤村で学ぶ皆さんには次の三つを覚えていただきたいと思います。

1つ目に、建学の精神「心身ともに健全にして、知・徳・体を兼ね備えた個性豊かな女子の育成」 。
2つ目に、トヨ先生がよく仰った健康の秘訣「腰伸ばせ、即腹の力」。
3つ目に、トヨ先生がモットーとしていた「言葉少なに足音静か」。

前列:左から伊澤ヱイ先生・藤村トヨ先生・(母)タネさん

1日3時間程度の睡眠時間で猛勉強

トヨ先生は明治9年(1876年)香川県で生まれました。
まだ「女子に学問は不要」とされ16、7歳でお嫁に行くのが普通の時代に5、6歳の頃から今で言う塾に通い勉強をしていました。
14、5歳の頃から既に、1日3時間程度の睡眠時間で勉強していたと言われています。

そして14歳で高等中学校に入学。
中学校に入学してからは、国語漢文以外は原書(恐らく英語)の教科書を使用し、猛勉強の甲斐があって年上の生徒ばかりの学校の中で、
優秀な男子と学校の1、2を争うまでとなりました。

毎日勉強ばかりに明け暮れたトヨ先生が自宅で勉強中に眠い時はどうしていたでしょう。
それは眠気覚ましで抹茶の粉をそのままなめ、夏には縁側に出て蚊に足を喰わせ、その痒さで目を覚ましたそうです。
しかし、体を動かすことをせず勉強ばかりの知育偏重の環境の中でトヨ先生の体はどうなったでしょう。
抹茶のカフェインは胃を荒らし、食欲は落ちました。

小学校で生徒たちと一緒に走ったり踊ったりするトヨ先生

健康を損ない夢を挫折

特に身体を動かさず正座をして勉強をする時間が多かったので体力も落ち、体の機能低下を招きました。
当然身体の不調で勉強も手につかなくなり、精神的にも良い状態ではなくなったのです。
そのため、15歳の時、医師を志し東京の学校に入学しようとしましたが、
病弱なために医者から東京行きを止められ、入学を果たすことができませんでした。

しかし、それでも猛勉強を続け、15歳で小学校の代理教師となった後、19歳の春に教員を養成する師範学校に入学しました。
ただし、今までの「健康よりも勉強する事」を極端に優先した結果、一年で病気により退学してしまうのです。

このことがきっかけでトヨ先生は自分の健康回復を真剣に考え、朝に冷水浴をし、
栄養に注意した食事をとる事を心がけるようになったのです。
ある程度健康を回復した後、猛勉強の末、今度は国立の名門であるお茶の水女子大学へ入学しました。
しかしながら子供の頃からの体の弱さはすぐには治りません。
結局また体力が低下し、神経衰弱でここも退学となり、故郷の香川に戻る事となりました。

死を覚悟する体からの回復と決心

故郷に帰った当時、大変痩せて死を覚悟する体となっていたトヨ先生ですが、小学校で体操やダンスを教えることになりました。
その結果、生徒たちと一緒に走ったり踊ったりし、食事も沢山取れ、睡眠も十分に取ることができるようになった事で、
自然と健康的な身体を取り戻し、まさに体操によって命を救われた状況となったのです。
この事がきっかけとなり「自分のように身体に無知で過度の勉強で身体をこわす者を無くしたい、
命を救ってくれた体操の道に進もう」と、子どものころから好きだった数学・理科の書物やノートを焼き払い、
女子体育の道に一生を捧げようと心に決めました。

これが藤村の建学の精神「心身ともに健全にして~」という考えにつながっています。

国体大会にて

女性の体育指導者の先駆けとなる

その後のトヨ先生ですが、女性では全国で2番目に体育の教員免許を取りました。
まさにトヨ先生が「女性の体育指導者の先駆け」と言われる理由であります。
その後、今の東京女子体育大学である東京女子体操音楽学校に就職し、31歳の若さで校長先生となりました。

さらにその後も、トヨ先生の勉学に対する情熱は衰えず、37歳の時に現在の東京女子医大へ入学を果たし、
昭和3年に50歳を過ぎてドイツを中心としたヨーロッパへ1年間留学に出ました。
当然通訳などはいないため、50歳を過ぎてもなお、体育だけではなく、英語やドイツ語など、語学の学習にも励んだ大変立派な先生です。

年を重ねても決して挑戦する心は忘れないトヨ先生の姿

井之頭学園を設立後もチャレンジを続ける

そしてついに昭和7年、現在の藤村女子高校の前身に当たる、井の頭学園女学部を設立。
どんなに年を重ねても決して挑戦する心は忘れず、60歳にしてスキーを始め、
戦争という大変厳しい時代を経てなお、全国各地へ講演に招かれては体の仕組みについて、
時に栄養学について話をし、昭和30年1月18日79歳で亡くなるまで、
この藤村女子のため、そして日本人が健康になるよう積極的に活動をしていました。

腰を伸ばせ、即腹の力

最後に、冒頭でお伝えした「腰伸ばせ、即腹の力」について説明します。
これは「健康は良い姿勢から」という信念に基づき、「正しい姿勢は腰を伸ばすことから」
そして「どんな場合でも呼吸が息詰まったら全ての力は抜ける。
精神力、作業力に直接関係する呼吸の統制力は胴体の支柱となる腰の力である」。
つまり腰の力は身体的、精神的の両面で考えても重要である、という考えから生まれたものです。

言葉少なに足音静か

また「言葉少なに足音静か」ですが、
これは「おしゃべりは女子の思慮を浅くする。ただし、必要な時は堂々と意見を述べよ。
女子が足音静かに歩む時は、心身に自覚注意が充ちたる時である」と自分にも生徒に対しても、
誠実で思慮深い女性を求めたトヨ先生の考えを表したものであります。

本校で学ぶ皆さんはトヨ先生が望んだ「心も体も健康で他を思いやる人間」に成長していただきたいと思います。

藤村女子中学・高等学校 理事長 高橋あゆち